槇原敬之への恋文

歌手槇原敬之への想いを語る



スポンサーサイト :: --/--/--(--)

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


  1. スポンサー広告
まだ見ぬ君を想って :: 2007/03/23(Fri)

最近はもっぱら「Songs from L.A.」を聴いている。

今の私にはこれぐらいが丁度良い。
ライブも新曲発表の噂も聞こえてこない、
そういう意味での活動休止状態のマッキーを考えると。。

今彼のものを聴くのはちょっと怖い。

彼がどんな声で歌っているか、
どんな詞を書くのか、

その中から彼の心理状態とかを読み取ろうとしてしまう。
勝手に想像して、勝手な心配をしてみたり。。

そんな事は当の本人は意図していなくても、
おバカな私はつい考えちゃう。

最近のぶっぶに載る彼の素の写真。
何だか、おっさん顔になってきたなぁ
と思わせるものが多くなってきた。
ヤバイよ、それ!って思いつつ、(笑)
でも、しょうがないか~確かにそういう歳だし。。と
思いつつも、、
色々背負うものが多くなってきたのかな?
なんて一人で考えてみたり。

段々マッキーではなくて、
「槇原敬之」って呼び名の方がふさわしい感じになってきたなって感じ。

勿論、TVなどで見る彼は
それらしくスターっぽくはなってるんだけどね。

だから、、今は
ほんの少し距離を置いてみる。

どの曲も思い入れがあって
意識しないで済むことは無いのだけど・・
彼の声で聴くにはちょっと重い。


だから、今の私は
 まだ見ぬ君を思って部屋を掃除してみたり、
 歯をよく磨いたり して過ごしています。

ファンというのは常に待ちの姿勢だ。

大好きだ、大好きだ と言っても伝わらぬ人に
想いを抱きながら共に歩むしかない。

それが例え自分の好みで無くても、
 好きにになれないものは無理せずに
 知らん顔するのも思いやり なのだ。

しょうがないなぁ、と笑いながら
片目をつぶって見守るしかないのだ。

自分の人生の(ちょっとオーバーだな・笑)
伴走者に選んだ限り
いつでも帰っておいで と笑顔で迎えてあげたい。

待っていないふりをして ずっと待っている。
それしか出来ないのがファンの宿命。
所詮、ファンなんてそんなものでしかないのだ。

Darling My Darlingと呼んでみても
こちら側の勝手な想いなのだ。

君が私の景色にいつもいた大切な毎日
その日々が愛しいのだ。

二人会える日が少ないからと
ため息ばかりついてても仕方が無い。

だから私は自分の毎日をちゃんと生きる。

だって、
愛してくれる人しか愛せないのなら
それは愛しているんじゃないんだから。。





スポンサーサイト
  1. 未分類
  2. | trackback:0
  3. | comment:8
次のページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。